沿革

1953年(昭和28年)

長野市大字古野569番地において、資本金100万円を以て長野鍛工株式会社を設立。

1954年(昭和29年)

鍛造-熱処理-機械加工の一貫生産体制を確立する。

1956年(昭和31年)

在日米軍兵站廠の工場審査に合格、エンジンバルブを納入する。

1958年(昭和33年)

機械工場を長野市西和田に移転、新たに社宅独身寮及び食堂を建設する。

1959年(昭和34年)

長野市西和田に事務所を建設移転する。

資本金300万円に増資する。

1960年(昭和35年)

機械工場の充実を計り、ターレット旋盤他十数台の設備を導入する。

1961年(昭和36年)

資本金500万円に増資する。

1963年(昭和38年)

資本金2,000万円に4倍増資を実施し、型打鍛造設備等の設備更新・増強を図る。

1964年(昭和39年)

中小企業庁長官より昭和38年度「優良受診企業」として表彰を受ける

1965年(昭和40年)

国鉄信越線の複線電化に伴い、鍛造工場、熱処理工場の移転要請を受け、長野市大字穂保[現在地]に移転先を決定し埋め立てその他の基礎工事に着手する。

長野県の合理化研究工場に指定される。

1966年(昭和41年)

新工場を移転し、作業環境の改善と公害防止等を勘案し、鍛造機械は全て吊り基礎構造とする。

南アフリカ連邦へエンジンバルブの輸出を開始する。

1968年(昭和43年)

本社、鍛造工場、熱処理工場、機械工場、金型工場、福利厚生施設の集約化を図り、工場北東500 mに社宅、独身寮を新設する。

長野県合理化研究工場に引き続き指定される。

1969年(昭和44年)

事務所及び社員食堂、浴室、更衣室等の厚生施設を建設する。

資本金を3,000万円に増資する。

1970年(昭和45年)

長野県の過疎対策事業に協力して、長野県上水内郡豊田村大字永江127番地に豊田工場[現(株)長鍛豊田製作所]を建設しエンジンバルブ鍛造工場として量産化を図る。

1971年(昭和46年)

新工場移転を終え、工場内の整備と周辺の舗装工事、緑化を行う。

1972年(昭和47年)

鍛造工場、熱処理工場の合理化を計り、1600ton鍛造プレスラインを新設し、型打鍛造品月産250 ton、エンジンバルブ月産100万本体制を整える。

1973年(昭和48年)

自社開発によるエンジンバルブ連続調質炉を完成、生産ラインに設置する。

アルミ鍛造分野に進出。アルミ鍛造専用プレスラインを新設。

特殊面状バーナーを開発し、通産省より新技術開発補助金を受ける。

1975年(昭和50年)

自社開発により鍛造品連続熱処理炉を完成、生産ラインに設置する。

鍛造金型の熱処理及び表面処理について、長野県工業試験場と共同研究を実施する。

1976年(昭和51年)

鍛造工場の生産性向上を図るべく、1600tonプレスラインにインダクションヒーター、エアースタンプハンマー、トリミングプレスの設備更新。ショットブラストの増設等を実施する。

1977年(昭和52年)

長野税務署より優良申告法人として表敬状を受ける。

1978年(昭和53年)

大型鍛造製品の生産に対応するため4tonハンマーラインを新設。熱処理工場、金型工場検査部門の設備拡充を図る。自社開発によるガス焼準調質炉を完成、通産省より中小企業技術改善費補助事業の指定を受ける。

月産生産能力、型打鍛造品500ton、エンジンバルブ200万本体制を確立する。

1980年(昭和55年)

鍛造工場に1000ton鍛造プレスラインを新設する。

1981年(昭和56年)

中野市高丘工業団地に高丘工場[現中野スタンピング(株)]を新設する。

1983年(昭和58年)

金型工場及び機械工場にNC旋盤等を増設、金型・機械加工の拡充を図る。

鍛造焼入装置を新設する。

プレス工業(株)殿の直納工場として認定を受ける。

長野県知事より心身障害者の雇用促進事業所として表彰を受ける。

1984年(昭和59年)

1600ton鍛造プレスラインを増設する。

板金関係プレス工場を高丘工場より移転新設する。

1985年(昭和60年)

機械工場にNC旋盤、NCボール盤等を導入し、機械加工の充実を図る。

1986年(昭和61年)

機械工場にMC、NC旋盤を増設し、鍛造~機械加工の拡充を図る。

日刊工業新聞社より「新鍛造焼入法」に対し、表彰状を受ける。

1987年(昭和62年)

鍛造工場に1000tonプレスライン及び機械工場にNC旋盤を増設する。

1988年(昭和63年)

機械加工部門の生産強化としてNC旋盤、マシニングセンターの増設を図る。

バルブ鍛造部門に自動化鍛造ラインを設置する。

1989年(平成元年)

創業者である中村辰男社長が逝去。取締役社長に中村千春が就任する。

下水内郡豊田村大字穴田地籍に工場用地及び工場を取得する。

新豊田工場第一期工事として、(株)長鍛豊田製作所を新豊田工場に移転する。

新豊田工場の取得、建設、設備投資等に関し、地域総合整備財団[ふるさと財団]の無利子融資を受ける。

1990年(平成2年)

新豊田工場第二期工事として、材料倉庫・鍛造工場の新設を行い、2500tonトランスファー鍛造プレスラインを新設する。

財団法人省エネルギーセンターより省エネルギー実施事例の成果に対し、表彰を受ける。

エンジンバルブ月産250万本、型打鍛造月産1000tonを達成。

1991年(平成3年)

プレス工業(株)殿より受注の「いすゞビッグホーン」向けアスクル・エンド・フランジの機械加工ラインを新設する。(ロボット付きNC旋盤ラインの新設)

1992年(平成4年)

石川島汎用機械(株)殿向けターボチャージャー部品の加工・組立・溶接・検査工程を生産ラインに設置する。

三次元測定機他計測装置の充実を図る。

1993年(平成5年)

本社工場の1600ton鍛造プレスをチェコスロバキア製シュメラール1600ton鍛造プレスと入替える。

1995年(平成7年)

長野県工業試験場との共同開発による「熱間鍛造用セラミック型」の開発について、財団法人日本塑性加工学会より技術開発賞の学会賞を受ける。

1997年(平成9年)

電力コスト削減のため、常用自家発電装置[1980kW]を新設し、工場使用電力の約2/3を常用自家発電装置からの電力使用とする。

1998年(平成10年)

環境対策としての可変式ターボチャージャーの部品加工及び組立ての受注成約に伴い加工設備の充実を図る。

2001年(平成13年)

エンジンバルブ加工ラインの新設と、それに伴う工場棟増築をする。

2002年(平成14年)

品質の国際規格ISO9001取得 登録番号LIACA-094

2003年(平成15年)

代表取締役社長に中村千夏就任。

2004年(平成16年)

資本金を4,200万円に増資する。

2005年(平成17年)

愛三工業(株)殿との取引開始する。

2006年(平成18年)

資本金を5,200万円に増資する。

2007年(平成19年)

資本金を6,700万円に増資する。

2008年(平成20年)

資本金を7,900万円に増資する。

愛三工業(株)殿と協業の契約を結ぶ。

2009年(平成21年)

国の平成21年度補正戦略的基盤技術高度化支援事業(経済産業省)に採択される。
研究開発計画名:「Ni基合金鍛造の高度量産プロセスの開発」(平成21年度)

2010年(平成22年)

国の平成22年度戦略的基盤技術高度化支援事業(経済産業省)に採択される。
研究開発計画名:「Ni基合金鍛造の高度量産プロセスの開発」(平成22~24年度)

2012年(平成24年)

航空、宇宙、防衛の品質マネジメントシステム「JIS Q 9100:2009」を認証取得

2013年(平成25年)

国の平成25年度戦略的基盤技術高度化支援事業(経済産業省)に採択される。
研究開発計画名:「Ni基超耐熱合金の組織改質と高機能ターボ部品の開発研究」(平成25~28年度)

2016年(平成28年)

国の平成28年度戦略的基盤技術高度化支援事業(経済産業省)に採択される。
研究開発計画名:「難加工材料の組織微細化と超塑性鍛造による最先端ターボ部品の新量産工法開発」(平成28~30年度)

平成28年度地域中核企業創出・支援事業(経済産業省)「航空エンジン部品加工トライアル」の採択を受け航空機エンジン部品の試作を行う。

三菱自動車工業株式会社認定熱処理工場として認定される。